事業承継の方法と留意点

事業承継の方法と留意点

事業承継とは何か。

事業承継とは、企業の事業を後継者に引き継ぐことを意味します。承継の対象は、大別すると、社長としての経営力と、オーナー(会社所有者)としての株式・資産です。

社長としての経営力は、事業を承継するための後継者の育成や承継対象となる事業の磨き上げが課題となります。
オーナーとしての株式・資産の承継は、オーナーの地位を承継するための株式の異動や個人資産・負債の承継方法が課題となります。

社長としての経営力

後継者の育成
後継者の育成
事業の磨き上げ
事業の磨き上げ

オーナーとしての株式・資産

株式の異動
株式の異動
個人資産・負債の承継方法
個人資産・負債の承継方法

以下では、このような事業承継における弁護士の役割や、承継類型別の問題点とその対応について説明します。

事業承継における弁護士の役割

  • 初期段階の会社の現況調査
  • 事業承継計画の立案
  • 具体的な承継手法の検討
  • 法的手続の履践
  • 利害関係人との交渉

など、事業承継に必要な対応を法的に支援します。

弁護士は、中小企業の経営者の代理人として、事業承継を進める様々な場面で経営者をサポートし、円滑な事業承継の実現を支援する役割を担います。

初期段階の会社の現況調査や事業承継計画の立案から、具体的な承継手法の検討、法的手続の履践、親族や会社の株主、従業員、金融機関、取引先などの利害関係人との交渉などまで、事業承継に必要な対応を法的に支援します。特に、相続人が多数存在したり、会社の株主構成が複雑である場合の対策・対応や、第三者への承継を検討する場合のリーガルチェックの場面において、弁護士の存在は不可欠です。

以下で述べる事業承継上の問題点についても、弁護士の関与の下で進めることにより適切に対策を行うことができ、円滑な事業承継を実現することが可能となります。

各類型別の問題点と対応

1. 親族内承継における問題点と対応

株式の分散への対応

事業承継において、現経営者の段階で株式が分散していると、後継者が会社を安定的に支配することが困難になります。会社法上の株主総会の決議要件を考えると、安定的な支配を行うためには、少なくとも発行済み株式の3分の2以上の割合を取得しておくことが必要です。

株式を後継者に集中させる方法としては、

①合意による取得
②相続発生時の会社による売渡請求権の行使 (会社法174条)
③議決権制限株式の発行(会社法115条)
④特別支配株主の株式等売渡請求権の行使 (会社法179条)

などが考えられます。中小企業の事業承継においては、できる限り合意による株式取得を実現することが望ましいですが、現株主と対立して合意が困難な場合などには、その他の方法で議決権の集中を図る必要があります。

他の相続人への配慮

生前に自社株等の事業用資産を後継者に承継する場合は、遺留分を意識した対応が必要です。

遺留分は、被相続人が有していた相続財産について、その一定割合の承継を一定の法定相続人に保障する制度です(遺留分の詳細についてはこちら【遺留分のページ】)。生前に自社株等を後継者に承継したことにより、他の相続人の遺留分が侵害されている場合には、当該相続人は、後継者に対し、遺留分侵害額に相当する金銭の支払いを請求することができます(なお、相続人に対する生前贈与については、相続開始前の10年間にされたものに限り、遺留分に算入されますので、早期に事業承継を行うことで、遺留分の問題を回避することができます。)。

遺留分の価額の算定時期は相続開始時であるため、後継者が生前贈与を受けた後、自らの努力によって株価を上昇させた場合、その増加分まで遺留分の算定基礎財産に算入されてしまい、後継者にとっては自らの努力が報われない結果となるおそれがあります。

このような遺留分の問題に対応する方法としては、

①他の相続人に遺留分を放棄してもらう方法
②中小企業経営円滑化法4条(民法の特例)を利用する方法

などが考えられます。中小企業の事業承継においては、できる限り合意による株式取得を実現することが望ましいですが、現株主と対立して合意が困難な場合などには、その他の方法で議決権の集中を図る必要があります。

経営者保障の解除等に向けた対応

金融機関は、経営者に連帯保証を求めることが多く、事業承継時に特段の対応をしていなければ、事業承継後も旧経営者が責任を負い続けるか、後継者が新たに連帯保証をしなければならないことになります。

そこで、事業承継の際には、金融機関との間で、保証等の解除に向けた交渉を行っておく必要があります。

中小企業団体及び金融機関団体共通の自主的自律的な準則である「経営者保証に関するガイドライン」は、事業承継時における前経営者との保証契約の解除について、前経営者が引き続き実質的な経営権・支配権を有しているか否か、当該保証契約以外の手段による既存債権の保全状況、法人の資産・収益力による借入返済能力等を勘案しつつ、保証契約の解除について適切に判断することとしています。また、後継者との保証契約の締結については、法人と経営者個人の資産・経理が明確に分離されているなど一定の要件を将来に亘って充足すると見込まれるときは、後継者に経営者保証を求めない可能性を検討すべきであるとしています。

金融機関と交渉を行う際には、このような「経営者保証ガイドライン」の定める観点から適切な情報を提供し、誠実かつ丁寧に説明を行うことが肝要です。

2. 従業員承継における問題点と対応

株式の評価と買取資金の工面

株式の評価と
買取資金の工面

後継者となる従業員が自社株を承継する場合は、株式の買取資金を用意する必要があります。自己資金があれば問題ないですが、一般的には株式の評価が多額になることも多いため、きちんと対策を行っておく必要があります。

資金の調達方法としては、中小企業信用保険法の特例等を利用して融資を受ける方法や、早期の段階から後継者を役員に就任させ、役員報酬を増額して積立を行う方法などがあります。
株式の評価と買取資金の工面

株式承継しない場合
(雇われ社長の場合)

後継者である従業員が自社株を承継せず、代表者として経営のみを行う場合は、株式の買取資金の工面は必要ありませんが、会社の株主と対立する場合は株式の買取等を検討する必要があります。

また、会社の株主に相続が発生し、株式が分散する可能性がある場合にも対策が必要です。例えば、相続により取得した株式の売渡請求(会社法174条)や、特定支配株主による株式等の売渡請求(会社法179条)により、当該株主から株式を取得することが考えられます。

3. 社外への引継ぎ(M&A)の問題と対応

社外への引継ぎは、一般的に、

社外への引継ぎ(M&A)の問題と対応

という順序で行われます。

特に法務の観点で問題となるのは、買い手候補との条件交渉、契約書の作成・締結、従業員や取引先、金融機関との対応・調整、M&Aの実行時のトラブル対応などです。

契約締結の点に関しては、取締役会や株主総会の決議等の会社法上の必要な手続を不備なく履践することが必要です。なお、株券発行会社において株式譲渡により引継ぎを行う場合には、株券が必要であるため、株券を紛失した株主がいる場合はその株券を失効させる手続が必要となり、引継ぎのスケジュールに支障をきたす可能性があることに留意が必要です。

親族内承継における承継方法

上記のとおり、親族内承継を円滑に行うためには、後継者に自社株等を承継するための事前の対策が必要です。自社株やその他の事業用資産の承継方法として、一例を紹介します。

生前贈与

先代経営者が生前に、後継者に対し、自社株等を贈与しておく方法です。生前贈与のメリットは、先代経営者と後継者との間だけで自社株等の承継を迅速に実現することができ、後継者に十分な資金がない場合でも承継を実現できる点にあります。

他方で、後日、後継者と他の相続人との間で贈与の事実の有無を巡って争いになる可能性があるため、贈与契約書を作成して贈与の事実を立証できるようにしておくことが重要です。

ただし、生前贈与による承継には留意すべき点があります。贈与された株式が受贈者の特別受益として遺留分算定の基礎財産になり、多額の遺留分侵害額の請求を受ける可能性があるという点と、贈与税の課税負担が生じうるという点です。遺留分の問題については遺留分の放棄制度や中小企業経営円滑化法4条における民法の特例制度、贈与税の問題については相続時精算課税制度や事業承継税制の活用による対策が考えられます。

売買

後継者が、先代経営者から、適正な価格で自社株等を買い取る方法です。後継者が買取資金を調達できる場合には、最も確実かつ迅速に承継を実現できる方法といえます。

ただし、買取価格があまりにも安い場合は贈与税が課税される可能性があります。また、先代経営者に譲渡所得税の負担が発生することにも留意が必要です。

遺言

先代経営者が、遺言により、自社株等の承継方法を指定しておく方法です。遺言のメリットは、先代経営者が単独で行うことができ、いつでも撤回・変更が可能である点にあります。また、遺言の効力は死亡時に生じますので、先代経営者は、相続開始まで株式を保有し続け、経営に関与することが可能です。

ただし、生前贈与の場合と同様に遺留分の問題があること、遺言の有効性を巡って後日争いが生じうることには留意が必要です。遺言書の種類や要件については、遺言のページをご参照ください。

死因贈与

先代経営者が、後継者に対し、死因贈与により自社株等を承継させる方法です。死亡時に贈与の効力が生じる点で遺言と同様であり、遺留分の問題も生じます。

その他の方法

中小企業庁の事業承継ガイドラインでは、以上の他にも、事業承継を円滑に行うための手法が紹介されています。

例えば、遺言代用信託を活用する方法があります。遺言代用信託とは、先代経営者が生前に、自社株を対象に信託を設定し、信託契約において、自らを当初の受益者として、先代経営者死亡時に後継者が議決権行使の指図権と受益権を取得する旨を定めるものです。

また、近時は生命保険を活用することも注目されており、例えば、死亡保険金を活用して事業承継に際しての納税資金に充てたり、年金型の生命保険を活用して引退後の生活資金の確保することなどが考えられます。

手法 メリット 留意点
売買 ・確実かつ迅速に実現可能 ・譲渡所得税の負担
贈与 ・後継者に資金がなくても実現可能 ・贈与税の負担
・遺留分の負担
遺言 ・先代経営者単独で作成可能
・相続開始まで経営に関与可能
・遺言の効力の問題(遺言能力、要式性)
・遺留分の負担
死因
贈与
・後継者に資金がなくても実現可能
・相続開始まで経営に関与可能
・遺留分の負担
・相続税の負担
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