コラム

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算定表を超える高所得者の婚姻費用・養育費の算定方法

:夫と別居中です。夫は年収が4000万円を超える医師ですが、婚姻費用の算定表をみたところ、上限を上回っているようです。夫の収入が算定表の上限を超えている場合、算定表の上限額しか請求できないのでしょうか。


: 算定表の上限を超える収入がある場合でも、算定表の上限額に縛られるわけではありません。特に婚姻費用については、夫の年収に応じた増額が認められる可能性がありますが、その場合にどのように婚姻費用の額を算定するかについては様々な考え方があります。


【解説】

1 婚姻費用・養育費の算定表とは

婚姻費用とは、夫婦が婚姻生活を維持するために必要な一切の費用のことをいい、別居中であっても、離婚が成立するまでの間、収入の多い方の配偶者は、収入の少ない方の配偶者や子の生活費を分担する義務があります(民法第760条)。養育費とは、離婚後に子を監護しない親が監護する親に対して支払う、子の養育に必要な費用のことをいいます(民法第766条第1項)。

婚姻費用・養育費の金額は、当事者の協議によって定めるのが原則ですが、協議が調わない場合は、家庭裁判所に調停・審判を申し立てることになります。その際に広く利用されているのが、裁判官らによる研究をもとに作成された「婚姻費用・養育費算定表」(以下「算定表」といいます。)です。

算定表は、義務者(支払う側)と権利者(受け取る側)それぞれの年収と、子の人数・年齢を当てはめることで、適正な金額の目安を迅速に導き出せる便利なツールです。実務上、家庭裁判所での調停・審判においても広く参照されており、算定表による金額が婚姻費用・養育費の額を決定する議論のスタートとなっています。もっとも、算定表においては、義務者の年収が、給与所得者の場合は年収2000万円、自営業者(事業所得者)の場合は所得1567万円が上限となっています。そのため、ご相談のケースのように、義務者の年収が算定表の上限を大きく超える場合には、算定表をそのまま当てはめることができないため、どのように金額を算定すべきかが問題となります。

2 算定表の上限を超える場合の算定方法

算定表の上限を超える高所得者の婚姻費用・養育費については、実務上いくつかの算定方法が用いられており、裁判例でも統一された取り扱いがあるわけではありません。主な算定方法としては、以下のものが挙げられます。

(1)上限頭打ち方式

義務者の年収が算定表の上限を超えていても、算定表の上限額(給与所得者の場合、年収2000万円に対応する額)をもって婚姻費用・養育費の額とする考え方です。

この方式は、高額所得者の場合、上限を超える部分の収入は、資産形成にあてられるとの考えに基づいているものです。
もっとも、上限の超える高額所得者の生活費は、収入に応じて高額となるのが通常と考えられますから、婚姻費用を算定する際に上限頭打ち方式を用いることは、一般的には妥当ではないと考えられています。ただ、収入が算定表の上限をわずかにこえる程度であれば、上限頭打ち方式を用いる例もあります。
養育費については、子の生活費に自ずと上限があるという考え方から、上限頭打ちの判断をした裁判例が比較的多く見られます。

(2)標準算定方式の延長による方式(基礎収入の割合を変更する方法)

算定表の基礎となっている「標準算定方式」を、算定表の上限を超える収入にもそのまま延長して適用する方法です。標準算定方式は、義務者・権利者それぞれの総収入に一定の割合(基礎収入割合)を乗じて「基礎収入」を算出し、これを生活費指数で按分して婚姻費用・養育費を計算します。

もっとも、基礎収入割合は収入が高くなるほど低くなるものであるため、算定表が前提とする基礎収入割合をそのまま上限を超える収入に適用することは適切でないと考えられます。そのため、高額所得者の基礎収入割合を変更するべきという主張がなされることもあり、裁判例には、算定表の下限値(給与所得者の場合38%)よりもさらに低い基礎収入割合(27%~36%程度)を設定したうえで計算するものも見られます(福岡高等裁判所平成26年6月30日決定など)。

(3)標準算定方式の延長による方式(貯蓄率を控除する方式)

収入のうち貯蓄に回す割合(貯蓄率)を控除して基礎収入を算出する方法です。総務省統計局の「家計調査年報」等の統計データに基づき、高額所得者の平均的な貯蓄率を可処分所得から控除して計算します。

(4)同居中の生活レベル等個別事情を踏まえて算定する方法

義務者の収入が特に高額(1億円を超えるような場合)で上記各方式によっても算定が困難なときは、同居中の生活水準や別居後の実際の支出額等の個別の事情を総合的に考慮して、裁判所が裁量的に金額を定めることがあります。たとえば、東京高等裁判所平成29年12月15日決定は、年収約1億5000万円の義務者の婚姻費用について月額75万円と算定しています。

3 婚姻費用と養育費の違い

算定表の上限を超える高所得者の案件において、婚姻費用と養育費とでは実務上の傾向が異なります。

婚姻費用については、夫婦間の「生活保持義務」(自分と同程度の生活水準を配偶者にも維持させる義務)に基づくものであるため、義務者の高い収入に応じた増額が認められやすい傾向にあります。

これに対し、養育費については、生活費としての養育費、監護費用という性質上、上限頭打ち方式による裁判例が多いとされています。

もっとも、留学費用等高額の出費があり、それが当事者の収入、地位、経歴等からして相当な出費と言える場合には、養育費に留学費用等を加算するべきケースもあります。

4 実務上の留意点

算定表の上限を超える高所得者の案件では、算定額が当事者間で大きく争われることが多く、複数の算定方式が主張される結果、調停が長期化する傾向があります。また、義務者が給与所得者ではなく医師・経営者・個人事業主である場合、総収入の認定自体が重要な争点となることもあります(役員報酬と法人留保の扱い、経費の実態等)。

婚姻費用は、原則として申立時(婚姻費用の請求時)から離婚成立(または別居解消)まで継続して支払われるものであるため、その金額の多寡は離婚協議全体に大きく影響します。当事者の収入が多額になるケースでは、特に、早い段階で弁護士にご相談されることをお勧めします。


本コラムの内容は、執筆時点(2026年4月)の法令・裁判例等に基づいた一般的な情報提供を目的とするものであり、特定の事案に対する法的アドバイスではありません。個別の事案については、弁護士にご相談ください。

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