不貞を理由とする慰謝料について

婚姻費用・養育費

婚姻費用と養育費とは

1. 婚姻費用

婚姻費用とは、夫婦が婚姻生活を営む上で必要な一切の費用のことをいいます。夫婦には、互いに協力して扶助する義務があるため、婚姻費用についても相互に分担する義務があるとされています。
婚姻費用を巡る紛争は、関係の悪化した夫婦が別居を開始した場合に顕在化します。専業主婦などの元々収入の低い側としては、別居中の生活資金を確保するために、他方に対して、婚姻費用の分担を求める必要があります。この場合、婚姻費用の分担義務は、離婚または別居状態の解消まで存続することになります。
なお、未成熟の子がいる場合は、その養育に要する費用も婚姻費用に含まれます。つまり、次に述べる養育費は離婚後に問題となるものであり、婚姻中は婚姻費用として請求することができます。

2. 養育費

養育費とは、未成熟の子が生活するために必要な費用のことをいいます。
養育費を巡る紛争は、離婚により親権者となる親が、親権者とならなかった他方に対して養育費の分担を求める形で顕在化します。

婚姻費用・養育費の算定表

裁判所は、簡易かつ迅速に婚姻費用・養育費を算定すること等を目的として、「標準算定方式・算定表」を周知しています(裁判所のウェブサイトを参照)。なお、この算定表における「権利者」とは、婚姻費用または養育費の支払いを受ける側(未成年の子がいる場合には、子を引き取って育てている親)のことをいい、「義務者」とは、支払いをする側のことを指します。また、「年収」は、給与所得者の場合は手取りではなく額面(源泉徴収票の支払金額)の金額です。

この算定表を確認することにより、簡易迅速に婚姻費用・養育費の目安を知ることができます。
例えば、養育費・子1人(0歳~14歳)の家庭で、夫(義務者)の年収が600万円、妻(権利者)の年収が200万円の場合、養育費の目安は6~8万円の範囲であることが分かります。

算定表の元となる基本的な考え方

現在の家事事件実務では、上記の算定表を用いて簡易迅速に婚姻費用・養育費を算定するのが一般的です。
しかしながら、後で説明するとおり、個別の事情を考慮しなければ著しく不公平となるような事案においては、算定表をそのまま用いることはできません。このような場合には、個別の事情を踏まえて算定表による算出額を調整し、婚姻費用・養育費を算定する必要があります。
このような個別のケースを考えるためには、その前提として、算定表の元となる考え方について理解する必要があるため、まずは婚姻費用・養育費の基本的な算定式について解説します。

1. 婚姻費用の基本的な算定式

算定表の元となっている婚姻費用の基本的な算定式は次のとおりです。

① 基礎収入(世帯収入)を算出する。
基礎収入 = 義務者・権利者双方の総収入 - 公租公課・職業費・特別経費

なお、総収入に占める基礎収入の割合は、収入額に応じて給与所得者の場合は54%~38%、自営業者の場合は61%~18%とされています。

② 権利者世帯に割り振られる婚姻費用を算定する。

上記①の基礎収入合計を、権利者世帯の生活費と義務者世帯の生活費で按分します。
計算式は次のとおりです。

基礎収入合計(①) × 権利者世帯の生活費指数の合計 ÷ 権利者世帯及び義務者世帯の生活費指数の合計

※生活費指数は、親を100とした場合の子に充てられるべき生活費の割合を意味し、学校教育費を考慮した場合の生活費指数は、0歳から14歳までの子については「62」、15歳から19歳までの子については「85」です。

③ 上記②で算出された金額から、権利者の基礎収入を控除する。

上記②の権利者世帯に割り振られる婚姻費用から、権利者の基礎収入を控除した金額が、婚姻費用分担額となります。
以上の算定式を具体例に即して見ていきましょう。

婚姻費用の具体例

  • 夫の給与年収
    800万円(基礎収入=320万円)
  • 妻の給与年収
    400万円(基礎収入=168万円)
  • 子2人
    10歳、15歳

① 基礎収入の算定

基礎収入の割合は、義務者(夫)40%、権利者(妻)42%ですから、義務者の基礎収入は320万円、権利者の基礎収入は168万円となります。

② 権利者(妻)世帯に割り振られる婚姻費用の算定

夫と妻、子が同居していると仮定して、夫・妻・子の生活費指数に従って、権利者世帯に割り振られる婚姻費用を算定します。

基礎収入合計 × 権利者世帯の生活費指数の合計 ÷ 権利者世帯及び義務者世帯の生活費指数の合計

=(320万円+168万円) × (100+62+85) ÷ (100+100+62+85)

=347万3659円(年額)

③ 義務者(夫)の婚姻費用分担


権利者世帯に割り振られる婚姻費用 - 権利者の基礎収入
=179万3659円(年額)

※月額換算すると約15万円。

2. 養育費の基本的な算定式

算定表の元となっている養育費の基本的な算定式は次のとおりです。

① 基礎収入(世帯収入)を算出する。
※婚姻費用の場合と同様に、権利者及び義務者の基礎収入を算出します。
② 子に割り振られる生活費を算出する。
義務者の基礎収入 × 子の生活費指数 ÷ 義務者の生活費指数及び子の生活費指数の合計
③ 義務者の養育費分担額を算出する。

上記②を義務者・権利者の基礎収入の割合で按分します。

子の生活費 × 義務者の基礎収入 ÷ 義務者及び権利者の基礎収入の合計

養育費の具体例

上記例の世帯の場合の養育費は次のとおりに計算します。

① 基礎収入
上記と同様で、義務者の基礎収入は320万円、権利者の基礎収入は168万円となります。
② 子に割り振られる生活費

義務者の基礎収入を義務者と子の生活費指数で按分した額が、子の生活費となります。

義務者の基礎収入 × 子の生活費指数 ÷ (義務者の生活費指数+子の生活費指数)

=320万円 × (62+85) ÷ (100+62+85)

=190万4453円
③ 義務者の分担額

子の生活費を義務者と権利者の基礎収入で按分した額となります。

子の生活費 × 義務者の基礎収入 ÷ (義務者と権利者の基礎収入の合計額)

=190万4453円 × 320万円 ÷ (320万円+168万円)

=124万8822円(年額)

算定表では算定できないケースについて

以上でみた基本的な考え方を前提として、算定表では直ちに婚姻費用・養育費を算定することが困難なケースについて取り上げて解説します。

私立学校の学費等がある場合

算定表においては、子の公立中学校及び公立高等学校の学校教育費は考慮されていますが、私立学校の教育費は考慮されていません。
したがって、私立学校の教育費は、当然に義務者が負担すべきものではなく、私立学校進学についての義務者の承諾の有無や、夫婦の学歴、職業、収入、資産等の生活状況などを勘案した上で、義務者が負担するのが相当か否かを判断することになります。
私立学校の教育費を考慮する場合の算定方法には、複数の考え方がありうるところです。一つの考え方としては、私立学校の教育費から、簡易算定表で考慮されている公立学校教育費相当額を控除して教育費の不足額を算出し、このうち義務者の負担すべき額を婚姻費用・養育費に加算することが考えられます。
また、義務者の負担すべき額を算出する方法としても、様々な考え方がありうるところですが、一つの例として、義務者と権利者の基礎収入に応じて按分する方法による算出方法を紹介します。

具体例

  • 義務者の給与年収
    800万円(基礎収入=320万円)
  • 権利者の給与年収
    400万円(基礎収入=168万円)
  • 子15歳
    私立学校在学中
    私立学校の学費 年額90万円
① 教育費の不足額
私立学校の学費90万円 - 公立高等学校教育費相当額25万9342円(※) = 64万658円

(※)15歳以上の子がいる世帯の年間平均年収に対する公立高等学校における教育費相当額

② 義務者が負担すべき教育費の不足額
教育費の不足額 × 義務者の基礎収入 ÷ (義務者の基礎収入+権利者の基礎収入)

= 64万658円 × 320万円 ÷ (320万円+168万円)

≒ 42万103円(月額約3万5000円)

なお、婚姻費用の場合は、教育費の不足額を権利者と義務者で2分の1ずつ負担すべきであるとの考え方も存在するところです。
実務上の定説はありませんので、具体的な実態に即して公平かつ合理的な算定方法によることが必要といえます。

住宅ローンがある場合

婚姻後に購入した自宅の住宅ローンの支払いが存在する場合、婚姻費用の算定において住宅ローンの支払を考慮すべきか否かが問題となります。
この点、住宅ローンの支払は、離婚に伴う財産分与において考慮されるべきであり、婚姻費用の算定においては考慮しないのが原則であるとされています。
しかし、住宅ローンの支払が多額である場合や、義務者が住宅ローンを負担しながら権利者が自宅に住み続けている場合など、具体的な事情によっては、住宅ローンを考慮しないことが公平に反することもあります。
したがって、住宅ローンを婚姻費用において考慮すべきか否かは、以下のとおり自宅の利用状況に応じて、個別具体的に検討する必要があります。

① 義務者が自宅に住み続けている場合
義務者が自ら居住する住居の住宅ローンを支払っている場合は、婚姻費用において考慮する必要はないと考えられます。
これに対し、権利者が住宅ローンを支払っている場合は、権利者の負担において義務者が住居関係費の支出を免れていることになります。したがって、この場合は義務者が住居関係費として支出するはずの額を、婚姻費用において考慮すべきであると考えられます。
② 権利者が自宅に住み続けている場合
義務者が、権利者の居住する自宅の住宅ローンを支払っている場合は、義務者の負担において権利者が住居関係費の負担を免れていることになります。また、義務者が別途賃貸物件を借りて居住している場合は、住宅ローンと家賃を二重に支払っていることになります。 そこで、権利者に相応の収入がある場合には、本来権利者が住居関係費として支出するはずの額を婚姻費用から減額することが考えられます。
ただし、義務者が不貞をして一方的に別居を始めた場合など、義務者側に別居の責任が大きい場合には、婚姻費用において考慮するべきではありません。

権利者に有責性がある場合

権利者が不貞に及ぶなど、別居に至った原因が専らまたは主として権利者側にあると考えられる場合、婚姻費用の算定で別途の考慮が必要になるでしょうか。
裁判例では、不貞の客観的な証拠があるなど、権利者の有責性が明白である場合には、権利者による婚姻費用の分担請求は信義則違反または権利濫用として許されず、現に監護している未成熟子の養育費相当分に限って許されると判断したものがあります。
もっとも、別居の原因が権利者側の不貞行為にあることを立証することは必ずしも容易ではありません。簡易迅速を目的とした婚姻費用分担請求事件の性質に鑑みれば、不貞の客観的な証拠がなく、審理に時間を要するような場合には、不貞の事実を考慮せずに婚姻費用を算定せざるを得ないと思われます。なお、この場合でも、別居原因や婚姻関係破綻の有責性は慰謝料の要素になるため、別途離婚調停や訴訟において考慮されることになります。

義務者も子を監護している場合

簡易算定表は、権利者が全ての子を監護していることを前提として作成されています。
そのため、子が複数いる場合で、権利者と義務者がそれぞれ別々に子を監護しているときには、簡易算定表では直ちに算定することができません。
そこで、まずは権利者が全ての子を監護していると仮定して、簡易算定表に基づいて養育費を算定した上で、このうち、権利者が現に監護する子に対する配分割合相当額を算出し、義務者の養育費の負担額を算定するという考え方があります。

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